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| JR南千住駅の西に位置し、日光街道へと続く「山谷通り」は、通称「コツ通り」とも呼ばれ、かつては両側に畑が広がり、富士山を望むこともできたというが、現在は商店が立ち並んでいる。「コツ」の名の由来は、『小塚原(こつかっぱら)を略した』『小塚原刑場にあった火葬場に因んで骨(こつ)と付けられた』などの説がある。江戸時代のお仕置き場であったこの地には、刑死者の菩提を弔うため、寛文年間、両国回向院の子院別寮で、刑死者や牢死者を埋葬する小塚原回向院が創建された。安政の大獄、桜田門外の変、坂下門外の変などで犠牲となった、幕末維新期の志士や浪士の墓も多く、橋本左内、吉田松陰、頼三樹三郎、梅田源次郎らが葬られており、今も香華を手向ける人が絶えない。幕末ファンなら、一度は訪れてみたい場所といえよう。また、この通りには、コロンビアトップ、ライトほか、錚々たる芸人を世に送り出した演芸場「栗本亭」(昭和31〜34年)があった。 |
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