荒川区

東京都の特別区のひとつに指定されている『荒川区』の情報を載せたサイトです。

東京都の北東部に位置する。東西に細長く、北側の区境は隅田川に一致する。区内はほぼ低地で平坦であるが、日暮里地区の一部は山手台地となっている。地名の数は東京特別区内で最も少ない。

地理

河川・橋梁

隅田川:小台橋・尾久橋・尾竹橋・千住大橋・千住汐入大橋・水神大橋

隣接自治体

文京区・台東区・墨田区・北区・足立区

地域

地名

  • 町屋(まちや)
  • 荒川(あらかわ)
  • 西尾久(にしおぐ)
  • 西日暮里(にしにっぽり)
  • 東尾久(ひがしおぐ)
  • 東日暮里(ひがしにっぽり)
  • 南千住(みなみせんじゅ) 

地域名

  • 尾久:西尾久・東尾久の総称
  • 日暮里:西日暮里・東日暮里の総称

歴史

江戸時代は農村だったが、明治時代から荒川の水を使うために多くの工場が建設され、工業化が進んだ。

1932年10月1日、東京市域拡張に伴い、北豊島郡南千住町・三河島町・尾久町・日暮里町が合併し、東京市荒川区が発足。区の発足から1945年ごろまで、東京市内で最も人口の多い区であった(当時の人口はおよそ28〜32万人)。

1947年5月3日、地方自治法が施行され、荒川区は特別区となった。

現在は下町としての特色を強く残す一方で、工場跡地を活用した大規模な再開発や公園整備が行われている。特に南千住地区の再開発は都内最大級の規模となっている。これに伴い、大規模なマンションの建設ラッシュが続いているため、若いファミリー層を中心とした人口流入が見られる。1990年代まで減少していた区全体の人口も増加に転じた。

地名由来

河川名の「荒川」を由来とする。「荒川放水路」が荒川本流となる前は、現在の隅田川が荒川と呼ばれていた。

あしたのジョー

『あしたのジョー』 は、高森朝雄(梶原一騎)原作、ちばてつや画によるボクシングをテーマにした漫画である。

あらすじ

東京・山谷のドヤ街に、ふらりと1人の少年が現われた。矢吹丈(ジョー)と名乗るその少年に一方的にたたきのめされたアル中の元ボクサー・丹下段平は、その動きから天性のボクシングセンスを見いだし、一流のボクサーに仕立て上げんと奮闘する。しかしジョーは、ドヤ街の子供たちを引き連れて乱行を繰り広げた揚げ句、自分に向けられる段平の情熱を利用して犯罪に手を染め、警察に逮捕されて鑑別所・少年院へと送られてしまった。

ある日、少年鑑別所のジョーあてに、「あしたのために」の書き出しで始まる段平からのはがきが届く。その内容は、左ジャブの打ち方から始まるボクシング技術の講義であった。時間と体力を持て余していたジョーは、そのアドバイスに従ってボクシングの練習に身を入れるようになり、やがて自分のパンチの切れが、今までと比べ物にならないほど向上してゆくのを実感する。野菊島の東光特等少年院での、ライバル・力石徹との宿命の出会いを経て、ジョーは本格的にボクシングの道へと足を踏み入れることとなった。

その後、ジョーは強敵カーロス、金竜飛らとの対戦を乗り越え、世界チャンピオンの座を賭け最強のボクサー・ホセとの闘いに挑む。パンチドランカーに冒されていたジョーは、善戦むなしく判定負けを喫し敗れ去る。灰のように真っ白に燃え尽きたジョー。しかし、その顔には満足げな微笑みがあった。

丹下ジム

矢吹 丈(やぶき じょう)

主人公。東洋太平洋チャンピオン、WBC世界ランキング4位で長い前髪と、引き締まった身体が特徴。擦り切れたベージュのコートと、赤いハンチング帽をいつも身につけている。生まれて間もなくからずっと施設で育った。しかし施設の退屈な暮らしに嫌気がさし脱走を繰り返し、やがて物語の舞台であるドヤ街にふらりと現れた。
粗野でケンカっ早い性格だが、時折お調子者の一面ものぞかせる。不遇な生い立ちからか孤独な不良少年(特にパチンコが趣味であるため)だったが、後に人間的にも成長をみせた。女心に鈍感で細やかな人付き合いは苦手だが、本質的には義理堅く弱者に優しい人柄である。しかし心の中に野獣のような荒々しい、恐ろしい一面が住んでいるのは事実で、丈と付き合いの長い人でも、その野獣の一面を感じて離れていってしまう悲劇も経験している。力石徹を死なせてしまった影響で、一時期テンプルを打てない状態(イップス)になっていた時期があったが、のちに克服。力石徹のように減量苦も乗り越えた。
階級はバンタム級。一打必倒の威力を誇るクロスカウンターと、ノーガード(両手ぶらり)戦法を得意とする。並外れた強打と不屈の闘志で、何度でも立ち上がる驚異的な打たれ強さ、天性の勘と野性の本能を持ち、クロスカウンターにさらにカウンターを合わせる、ダブルクロス。さらにそこにカウンターを合わせるトリプルクロスを使うなど、技術力も高い。力石戦以降は、ガードの技術も向上していった。対ホセ戦では、ホセの使うコークスクリューパンチを無意識のうちに打ってしまうなどボクシングセンスもずば抜けている。

丹下 段平(たんげ だんぺい)

坊主頭に黒の眼帯、顔や頭に古傷がある出っ歯の中年男。拳闘キチガイを略して通称「拳キチ」(再放送では差別用語として音声が消される場合も)。いつも腹巻をつけ、杖をついて歩いている。
かつては日本タイトルに挑戦するほどの強豪プロボクサーであったが、左目の怪我が元でタイトルマッチを直前にしながら引退。極西拳闘クラブというジムの会長に就任するも、所属選手との衝突などの理由から経営は軌道に乗らず、巨額の負債を抱えて解散に追い込まれる。その後はなかば自暴自棄になり、ドヤ街でわずかな日銭を稼いでは酒に溺れる荒れた生活を送っていた。
丈の天性のパンチ力に惚れ込んだ段平は、彼を一流のボクサーに育てることを決意。ジム再建のために酒をやめ、昼夜を問わず働き始める。手紙による通信教育や、自ら少年院に出向き実施指導をするなどして彼にボクシングの基礎を叩き込んでいった。策士な一面もあるが、丈に指示を無視されたり大舞台に呼ばれると舞い上がってしまうなどセコンドとしては未熟な面も見られる。
丹下拳闘クラブは泪橋の下にある粗末な木造小屋であり、そこで丈と2人で暮らしている。丈が東洋太平洋チャンピオンになった後、泪橋の近くに新たなジム(丹下ジムに改称)を建設して移転し、門下生をとるようになった。

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